厠に向かう夜中、肌寒さを感じる季節になってきた
寝床を抜け出して 星空の下で深呼吸をする

あの男の 痛いだけで独り善がりな行為には、反吐が出そうだ
形式的には私の“旦那サマ”な訳だが、何度抱かれても気持ちが悪い
見た目云々ではなく、あの男の考え方や行動が生理的に受け付けないのだ
あの男が眠った後、腹痛や吐き気に襲われて厠に駆け込むようになったのはいつからだろう


「…帰りたいなぁ」

此処は 京に程近い位置にある御屋敷だ
昔は京の華やかさに漠然と憧れを抱いていたが、現実は…このザマだ



嫁いで、二年が経とうとしている
私の役目は跡継ぎを産む事――なのだが、妊娠する気配も無い
そのため オババ…もとい姑の怒りを買っている

そもそも 誰にも言ってはいないが、嫁いで以来 月のものが来なくなってしまったのだ
学園に居た頃は来ていたのだが、奇怪な事に・・・
そんな状況の身体で 赤ちゃんが出来るのかすら疑わしい




四年生、つまり高学年になってから くノ一教室に新たな授業が加わった
色を使う術を学ぶ授業だ

護身術を身につける為に入学した私は、そんな術なんて要らないと思っていた
授業中も「くノ一って大変な仕事だなぁ」なんて考えつつも、呑気に聞き流していた

噂によると 六年生になるとくのたま限定の“実戦”があるそうではないか
…だから六年間通い続けて卒業するくのたまって少ないのか、と気付いたのだが


あの時 もう少し真剣に授業を聞いていたら もっと無心になる術を習得できたかもしれない…
厠で咽び泣いているようでは、私もまだまだ未熟な“くのたま”だ





2.哀しきかな 過去に恋々





気持ちを落ち着かせてから寝床に戻ると 男が起きて 此方を見ていた


「…は いつも何処に行っているんだ」

外に出る事、気付かれていたのか

「厠です」
「何故 毎回行くんだ?」
「…した後は お腹が痛くなる癖があるみたいなの」

嘘は ついていない


に赤ちゃんが出来ないのはどうしてだろうな」

まるで私だけが悪いかのような言い方だ

「……そうですね、そればかりは私も…」
「母も心配しているぞ、お前の事を」
「…ふふっ お母様が心配しているのは私の事ではなくて跡継ぎの事ですよ」




男に背を向け、黙って布団に潜りこむ


――こうしていると 昔を思い出す
学園時代に同室だったミカと 布団に潜りながら色んな話をしていた事を


「隠さなくても私分かってますからね!ちゃんって潮江先輩とアレな関係なんでしょ?」
「…アレな関係!?何それ!」
「一目瞭然ですよー」
「な…何かよく分からないけど、文次郎はすっごい三禁とか気にしてる性質よ…?」
「えー?なぁんだ」
「なぁんだって何よ!…もう…本当 何も無いからね」

そう 何も無かった
ただ一緒に居るだけでよかった、それ以上は求めなかった

「でもちゃん 好きでしょ?先輩の事」
「……好きだよ、何で好きなのか自分でもよく解らないけれど」


文次郎を好きになる事に 理由なんて無かった
一緒に居るのが楽しくて 時には相談に乗ってくれて その優しさにちょっとどきどきして
気付いた時にはもう 誰よりも離れたくないと思う存在になっていたんだ


もう二年も会っていないのに 今もこんなに好きだなんて ・・・悔しい







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(11.1.15 辛い時は 過去の楽しい事を思い出してもいいじゃない)